ミャンマー 少数民族の子ども達を訪ねて (毎年3月実施)
輝く緑と太陽と仏教の国、ミャンマー。東部タウンジー郡の少数民族の住む農村部に、当会プロジェクトの学校や給水計画などの見学をし、村人や子ども達を訪問します。
ミャンマーという国に暮らす人々の素顔の生活に触れながら、私達が忘れてしまった人間本来の営みを見つめ直してみませんか?
・参加費:98,000円(現地集合・解散、航空運賃等は自己負担)
活動内容:スタディツアー“地球隊”
感動、学び、笑顔の旅
タイ 山岳民族の子ども達を訪ねて (毎年8月実施)
タイ山岳部には、学校に行けない子ども達がたくさんいます。その原因は、麻薬やエイズによる家庭崩壊と貧困です。この旅では、山岳民族の村のメートー学校と寮、アユタヤにある巨大児童養護施設に子ども達を訪ね、教育の重要さや家族のありかたを考え、的確な国際協力とは何かを学びます。子ども達の明るい未来を開くために、私たちにできることを、一緒に探しに行きませんか?
・参加費:78,000円(現地集合・解散、航空運賃等は自己負担)
お問合せ先:
(特活)地球市民ACTかながわ/TPAK事務局
住所:〒231-0821 神奈川県横浜市中区本牧原3-1-203
Tel&fax:045-622-9661E-mail:【メールを送る】
(*メールのタイトルに★を付けてください)
■タイ
普段便利だと思って暮らしているアスファルトと道路や建物、山岳民族カレン族の村は物が沢山ある街中とは全く違うが、物がないからといって不便な生活をしているとは思えない。ここには自然を味方につけている生活があるような気がした。
私は夜中に月明かりで外を歩いたことがなかった。日本の生活では電気があるため気付かなかったのだ。電気の通っていないこの村では、メートー村よりも更に多くの星が夜空に瞬いていた。
(30代女性・会社員)
「自分の目で見ることで受ける衝撃は大きい」という当たり前のことを実感した1週間だった。山の中のメートー学校、アユタヤのワットサーキャオ孤児院、そこで生活している子どもたちの表情、その子どもたちと接する先生たちの姿を見てきた。また、それぞれの場所で、先生を始めとする関係者とTPAKとの間に、10年間で培われた信頼関係があることを感じることができた。私はこの旅で、沢山のことを見て、感じて帰国した。改めて、自分の目で見て感じたことに勝る経験はないと思った。
(20代女性・会社員)
私が村の子たちに質問してみたいのは、「生活は裕福ではないけれど、幸せ?」ということだ。聞きづらい質問だが、気になるのが本音。私はいま、「幸せ?」と聞かれたら「はい」と答える。それは、友達がいて、やりたい事も遊びも自由にできるからだと思う。学校に通い、学ぶことは当たり前で、そのことに幸せ感じることは少ない。でもあの子たちは「学校に行けることが幸せ」なのだと思った。
(10代女性・学生)
エイズ患者も、ストリートチルドレンも、山岳民族も、それぞれに与えられた状況の中で懸命に生きている。それは決して「かわいそう」という一言で片付けられるべきではない。彼ら彼女らのために出来ることはまだまだ沢山あるが、単にこちら側の価値観を当てはめる事は出来ない。そのような援助・支援は適当ではない。ではどのような援助・支援が相応しいのか?自分の中で、まだその答えは出ていない。しかし、今回のスタディーツアーで大きなヒントを得た気がする。これからも継続的に考えていきたい。
(20代男性・学生)
多くの日本人の方々が現地で活躍されていることに驚いた。グルームアーサー(現地NGO)の方や、バーンサバーイ(HIV感染者診療施設)の方がその例である。今回のツアーに参加しなければ、なかなか直接会ってお話を伺えないような方たちばかりである。自分が普段いかに狭い空間で暮らしていることを痛感した瞬間でもある。今回私が出会った現地NGOはほんの一部であろう。タイにいたときは日本人のNGOが現地で活躍されていることを、(自分も日本人だから)嬉しく思った。しかし、帰国後振り返ると、外国人NGOが現地に多く存在していることはその国が未だ多くの問題を抱えていることの象徴だということを決して忘れてはならないと感じるようになった。
(20代男性・学生)
■ミャンマー
少数民族の村を訪れて、ここに教育の原点があると感じました。「子どもは村の宝である。村の将来は子どもたちにかかっている。だから子どもに教育が必要だ。」自分たちの力で何とか学校を建てたい。という強い願いから、TPAKと協働で石や砂を掘り出して運び、自分たちの力で学校を建てたのでした。子どもがいる人もいない人も、皆で力を合わせて一つのことを成し遂げようとする団結力がありました。
「私達にお手伝いさせてください。一緒に学校を建設しましょう。」そういう言葉が自然に出てくるのは、一生懸命生きている姿があるからだと思います。
(50代女性・主婦)
TPAKの活動地の少数民族の人々が元々持っているものに、私は明るい未来を見た気がする。中学校の落成式で、「子どもを学校に行かせたら、仕事は終わりだと思わないで下さい。子ども達の教育については、親と地域の人にも責任があります。」と少数民族のリーダーが言った。この言葉が忘れられない。ここには、子どもが学校に行けるように頑張っている大人がいた。子どもの幸せをこんなふうに考えることができるんだということに感動した。人間はこんなふうにも生きられるんだという、人間としてよりよく生きることへの可能性を感じた。
(20代女性・会社員)
これまで国際協力というとその言葉とは裏腹に、財力に任せてお金だけ出して、というように何か背中が痒くなるような気分になったが、TPAKの、必要なニーズを探り、あくまでも人々の自立を促し、共働して進めるという姿勢は、私のような福祉職のあるべき姿勢とベクトルを同じくするものであった。
(30代男性・病院勤務)
少数民族の学校の生徒との出会いは衝撃的だった。彼らの話す言葉に迷いはなく、彼らの語る将来という枠組みの中心は自分ではなく、家族や村、そして国であった。「今一番欲しいものは?」の問いに、戸惑い、何とか立派なことを言おうとする自分とは対照的に、はっきりと「高い志と教育」と答える私より年下の生徒たちを目の当たりにし、日頃、志という言葉すら意識することのない自分が恥ずかしくなった。
(20代女性・学生)
◆参加者の感想(年齢・職業は当時のものです)