ヒストリー

「国籍のない2000人の子ども達との出会い」

 

設立のきっかけ

1991年、横浜在住の近田(現代表)と、松澤(前代表)、当時大学生(現会員)の3人がタイ人のソーシャルワーカーである故ジャナロン・メキンタランクラ氏と、タイ国中部アユタヤにある当時2000人の子ども達が入寮していた巨大児童養護施設(僧院孤児院)を訪れました。

 お寺が運営していた施設は当時2000人の子ども達に対して、お世話をする大人が5人しかおらず、お寺としては子ども達を食べさせるだけで精一杯という状況でした。子ども達は親から捨てられたり、ストリートチルドレンも多く、衛生・栄養状態が悪い中で育ったため、栄養失調、全身の皮膚病、ノミやシラミも酷く、感染症による下痢、眼病、気管支の病気など、ありとあらゆる病気に罹っていました。

 3人は「なぜタイ政府は支援しないのですか?」とお寺の住職に話を聞くと「この子ども達はほとんどが山岳少数民族で国籍を持っていないのです。そのためタイ政府は何もすることができないのです。」ということでした。この状況に「国が何もしてくれないのなら国を越えた支援が必要だ!」と思い立ったこの一般市民の3人が当会を立ち上げました。

 そして、施設での生活改善支援を始めると共に、山岳少数民族の子ども達がいるアユタヤから600km離れた北部チェンマイ県、チェンライ県の調査を始めました。すると、まだ僧院孤児院にいた方がましという状況でした。極度の貧困により、子ども達は一日食べられても2食で、学校にも行けず極めて厳しい状況にありました。調査を進めて行くと、タイが抱える社会問題が見えてきました。貧困、麻薬、HIV・AIDS、人身売買、買春。。。
その犠牲者が子ども達でした。

 そこで、山岳部の状況を改善しない限り、子ども達は施設に送られる一方であったため、山岳部での活動を開始しました。初めは親への啓発活動などを行い、その後はタイの初等教育庁から、やる気のある先生がいる学校を紹介され、次世代を担う子ども達への教育支援を始めました。この子ども達が大人になった時に、自分の子どもを売らないようにという考えからでした。

 そして、教育を受けることで、子ども達自らが明るい未来を切り開く力を身につけられるよう、より良い環境で教育が受けられるよう、学校建設や学校寮建設、学校菜園や養鶏・養豚・養魚、奨学金支援などの活動を行ってきました。そして今では皆さまのご協力により、順調に進学した生徒たちが母校や自分の村に教師になって帰ってくるという大変喜ばしい大きな成果をあげることができるようになりました。

 その後、タイの他にも、人と人とのご縁により、さらに厳しい状況にあるミャンマー少数民族の子ども達への教育支援や栄養改善、インド・アウトカーストの子ども達の健康改善、女性リーダーの育成、女性たちが安心して生活できる安全な村づくり支援などを行っています。

現地の村人達、先生方との信頼関係を第一に、内発的発展を促進する自立支援活動を現地NGOなどと共に実施しています。※詳細は各国ページをご覧ください。

 私たちが協力する村の人々とは支援する側・される側ではなく、共に学びあい、そして支え合う信頼関係を築いています。

ご賛同していただける方なら、どなたでも、いつでも、自由にご参加・ご協力いただけます。運営は主に会員の会費、個人・団体からのご寄付、その他、行政や民間団体からの助成金などによって行われています。
ご協力何卒よろしくお願い致します。